広告代理店勤務、大下さん。50代前半。プランナー。
期日: 9月19日(金) 18時~22時
場所: 新橋
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古賀:
・これからも勢いを増し続けるインターネットだが、テレビが消滅してしまうようなことはない。なぜなら、テレビは気楽に受け身で情報受信可能なメディアであり、視覚に訴えるものとしては視聴者にとってテレビほど楽なメディアはないため。したがって、テレビを完全に見なくなるというようなことは起こりえないであろうし、これからもテレビ広告需要は在り続ける。
#広告という分野には興味があり、お話はどれも大変興味深かった。
好きな企業にGoogleがあるが、あの企業のビジネスモデルも、広告収入。
「人に伝える」を仕事にしていることに対し、あこがれさえ感じました。
「自分が為したこと→伝える作業→人に伝わる」
というプロセスは、何においても関わっています。
~疑問~
・新興企業で、広告収入で生きようとする会社にはどんな新しいビジネスモデルが適応できるか?
「広告」は、規模の経済に従うので、それで生きるのは極めて難しいと思う。
Googleもスケールを追求したから、広告収入モデルが成立した。
テクノロジーが絡んだ新しい面ももちろんあるが、、ビジネスモデルとしては20世紀的的
(あるいはその発展型)といえなくもない。
・人間は生き過ぎているのではないか?
人間が生き「過ぎる」とはどういうことか?
「医療が人間の寿命を無理矢理長くしている」と言うことだろうか?
ここでいう人間、は現代の日本人、という括弧付きでなら、わかるが。
死生観の問題は、グローバルには解決できないと思う。
・医療と広告の可能性?
スポーツに企業が金を出すように、医療にカネを出す、という時代が来るだろうか?来るかも知れない。
例えば、Googleが難手術に対してスポンサーするとか。
芦川:
◇広告・TV業界について
・ 広告業界におけるお金の流れがよくわかった
・ 広告の費用対効果の効果測定は無理であるという事実
無理とは言わないが、極めて難しいことは事実。(局所的、限定的にならできる)
広告効果とは何か、という定義の問題でもある。
本来的には「売り上げに対する寄与」を計りたいが極めて困難。
インターネットなどでは、「広告という刺激によって、目的とするアクションが起こる」ということを
指標として効果測定をしている。目的とするアクションが、「購入する」ということであれば、
それは本来的な広告効果に極めて近い。
ただし、今の広告キャンペーンは、一つのメディア単体ではなく、各メディアの相互作用を前提とした
設計をするので、インターネットで購買行動が起きたとしても、それが果たしてインターネットの
中だけの効果かどうか、ということを突き詰めると、すっきりとした答がでない、という現実がある。
一方で「計れないものは、管理できない」ということもまた事実で、広告はつねに矛盾をはらんでいる。
・ TVはインターネット等の新しいメディアの登場により、相対的には減るかもしれないが受動態メディアとしては圧倒的に力を持っていて、人の心に残るすごさ、幅広い到達力がある
・ TV・広告業界はインターネットが出たからといってそうすぐには衰えない
→意外にも広告業界はお先真っ暗な感じではなさそうだ
付け加えておくと、大きな転換点にあることは事実で、テレビ離れも現実に起こっているし、若年層での新聞閲読率は劇的に起こっている。また、雑誌も各誌生き残りの道を探っている。もちろん、メディアや広告代理店も新しいビジネスのあり方を探っている。
製造業と同様、構造不況業種となることは免れない。
いろんなメディアが勃興するたびに繰り返されてきた問題。
TVによって、映画が撲滅されたわけではない。ラジオも生き延びている。
それと同じこと。TVは今と同じ勢いを保てるか、というとそんなことはない。
繰り返しになるが、広告業界=広告代理業、すなわちタイム・メディアブローカーとしての
あり方は、変化を迫られている。
◇疑問
・ TV業界は今までのスキームではなく新しく変えて行かないと時代に対応出来ないと思うが、どういうビジネスモデルで対応していくのだろうか
電波料を死守しながら、オンデマンドを含むコンテンツ販売などに活路を見出すことになるだろう。
・ サービスの定義をしっかり作る
・ サービスの質の向上とは何か? 逆に質を下げるとは具体的に何をさすのか?
→自分の中で「日本のサービスの良さ」をもっと具体的にブラッシュアップしていこうと思った
これ、がんばってください。
日本のサービスは、利他主義と自己犠牲(あるいはがまん)によって
成り立っている部分があると思っています。それによって自分と他人の位置関係が、ア・プリオリに規定され、
顧客の満足を高めることにつながっていると考えます。それは、顧客としての日本人の特質があって
はじめて成立する性善説の世界ではないか、とも考えられます。
したがって、「顧客満足がサービス提供者の最大の悦び」ということが、
ユニバーサルな哲学またはグローバルな人生観と相容れるのか、については
すんなりといかないのではないか、とも考えられます。
CRMというコトバが存在すると同時に、
それが「企業の利潤追求のため」という明確な目的とセットになっていることに注目してください。